ゆざわジオパークには、
地質遺産であるジオサイトをはじめ、
自然や文化に関する見どころがたくさんあります。
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ゆざわジオパークには、
地質遺産であるジオサイトをはじめ、
自然や文化に関する見どころがたくさんあります。
ゆざわジオパークは、秋田県湯沢市の全域をエリアとするジオパークで、
その面積は790.91平方キロメートルに及ぶ、豊かな自然に恵まれたジオパークです。
大昔、現在の東北に位置する海底が陸地になったころ、東北の様々なところで大きな火山噴火が起こっていました。院内地区もその1つです。大きな噴火が3回起こり、熊本の阿蘇山にあるような「カルデラ」が作られました。院内地区の人々は、このカルデラの中の院内銀山や院内石を利用してきました。
院内銀山は、発見から閉山まで約350年続いた国内有数の銀山でした。多くの人が集まる院内銀山は、当時の一大消費地でした。ゆざわの酒造業も、もともと院内銀山に向けて酒を出荷するためにはじめられたと言われています。
小野・横堀地区は、小野小町の伝説や板碑群など、様々な歴史的出来事を学び、楽しめる地域です。また、岩石が風化した地質・地形を利用した小野城址や、小野小町と深草少将の墓と伝えられている柱状節理の丘など、人の自然への働きかけや感性を知ることができる地域でもあります。
秋ノ宮の役内地区では、湯沢最古の岩石(花崗岩)に触れることができます。また、地すべりで落下したと考えられている唐戸石など、地質や地形に関する見学場所が多い地域です。
非常に源泉の多い温泉地で、旅館やホテルはそれぞれ源泉を持っています。泉質も、塩化物泉・硫黄泉・硫酸塩泉などさまざまです。また、じ状珪石(じじょうけいせき)や川原の湯っこなど、温泉に関する見どころが多くあります。
このあたりには大昔、火山活動によってできた大きな湖があり、長い年月をかけて土砂や火山灰で埋まって姿を消し、その上に人々が住みはじめました。約30‐20万年前を最後に、その後火山噴火は起こっていないとされています。しかし、高松岳周辺の地下には、温度の高い部分があり、地熱を利用した施設が数多くあります。
高松地区には、縄文時代の遺跡や鎌倉時代末期の板碑があり、人々の歴史が色濃く残っている場所です。高松地区センターの2階にある『湯沢市郷土学習資料展示施設(ジオスタ☆ゆざわ)』には、ゆざわジオパークを代表する様々な資料を展示しています。
皆瀬川の源流部にあるトロッコ道跡は、かつて運行されていた森林鉄道跡で、約8kmの散策路となっています。地質がよく観察できるほか、ブナ林や渓流などもあり、森林浴に最適です。また、栗駒山を越えるかつての小安街道(通称ほや街道)沿いには、歴史ある三本杉や、栗駒山の火山活動で出来た大小の沼地が存在します。
小安地区では、地熱を利用した産業が盛んです。小安地区周辺に分布する地下深くのマグマは、周辺の岩石を加熱するため、地下の温度が250〜300℃と高温です。そこに入り込み加熱された地下水が、蒸気や熱水となって上昇し、一部が温泉水として噴き出しています。
皆瀬には5つの沼があり、これらの沼は火山活動でできた斜面が地すべりを起こしてできたと考えられています。沼の背後には弓なりにすべり落ちた急斜面があります。
稲川では、河岸段丘が皆瀬川の両側に発達し、段丘崖を中心に豊富な湧水が得られます。それらの環境を上手く利用し、稲庭うどんや川連漆器などの産業が栄えました。
駒形は黒沢川沿いに拓けた地区で、かつて複数の鉱山がありましたが、現在は扇状地を利用した果樹園が広がります。奥地では黒沢川の源流の森が保全されています。
岩崎は、戦国時代には仙北平野を見渡せる要所、江戸時代には宿場町として栄えました。また、河川の合流地点に近く、街道の発着地・渡船場として栄えた交通の要所でした。
山田の白山山麓では、中世から政治や文化が発展していました。また、江戸時代には松岡鉱山が開かれ、大いに繁栄しました。現在では、清らかな水で育む酒米田で知られています。
三関から須川にかけて、東鳥海山に連なる山々が南北に続いています。ここには東鳥海山断層という断層が走っており、東側が西側に比べて高くなっています。その後、河川の影響によって、扇状地が並ぶ独特の風景が作られました。
湯沢では酒づくりに必要な美味しい水、美味しい米、麹菌の住みやすい環境(冬の寒さや院内石の酒蔵による室温の調整)が揃っています。かつての一大消費地である院内銀山や松岡鉱山の存在が、日本酒生産を増やす要因となり、東北の灘と呼ばれるようになりました。