佐竹氏の分家である壱岐守家は慶応4年(1868)、河辺郡椿川村(現在の秋田市河辺)に2万坪の土地を与えられました。同年に起きた戊辰戦争の軍功によって分封されることになりましたが、椿川村は要害の地ではなかったため、明治3年(1870)に雄勝郡に移り、35箇町村と禄高2万石が与えられて岩崎藩が誕生しました。明治4年に明治政府により廃藩置県が行われ、岩崎県となりましたが、同年11月に秋田県に統合されました。

鹿島様

鹿島様は「武神」を象徴したワラ人形で、東北地方の村落に多く祀られています。岩崎地区の鹿島様は数百年前から伝えられており、高さ4mほどの巨大なものです。古来より鹿島様は村の入り口に祀られ、他所からの悪霊や悪人、疫病の侵入を防ぐと信じられてきました。岩崎では春と秋の2回、鹿島様の衣替えをする「鹿島祭り」を行っています。

岩崎城跡 千年公園

岩崎城跡は湯沢市の北端、皆瀬川に面した丘陵地にあります。中世には岩崎氏の城が、明治初期には壱岐守家の陣屋が置かれていました。現在は城跡全体が千年公園として整備され、石垣や井戸、複数の神社と鹿島様、藤棚や桜並木が点在しています。

玉子井戸

玉子井戸は千年公園内にある井戸で、円形の礫をきれいに積み上げて作られています。第14代岩崎城主河内守道高の娘である能恵姫(のえひめ)は、生後100日余りを過ぎた頃から昼夜問わず泣き続けるようになりましたが、城内にあった松の大木のそばに来ると不思議と泣き止んだそうです。その大木の下に色、形、輝きといい普通ではない玉子の形をした石が落ちており、道高公はこれを能恵姫の「守り石」としました。玉子井戸の底には、現在もその守り石が祀られています。

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