院内銀山は、銀に富む鉱脈を有し、江戸後期の最盛期には銀産出量日本一を誇り、「天保の盛山」と称されました。この銀鉱脈は、院内カルデラを形成した火山活動によってできたものだと考えられています。発見から閉山まで約350年続いた、我が国有数の銀山でした。

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院内銀山異人館

明治政府は西洋式鉱山技術の導入をはかり、ドイツ、イギリス、フランス、アメリカから技術者を招へいしました。院内銀山にも、ドイツ人技師5名が派遣されました。異人館は、ドイツ人技師たちの住居として建築されたものです。現在の異人館は、当時のものを模して建てられたもので、郷土資料館として利用されています。               

御幸坑(五番坑)

明治14年(1881)9月21日、明治天皇東北地方御巡幸の際、明治天皇が五番坑に入坑されました。これを記念し、随行者によって御幸坑と命名され、この日を鉱山記念日と定めました。稼働中の坑道の中に天皇が入坑されたのは、後にも先にもここだけだったと言われています。また、ここは院内銀山で数ある坑道の中で、唯一の鉱夫の出入り口でした。明治39年(1906)の火災事故の際、ここから逃げ遅れた鉱夫102名は、封鎖された鉄扉の向こうで亡くなりました。

金山神社

院内銀山が発見された当初から銀山の鎮守社で、藩から厚く庇護されていました。正面の神社山門は変形の桜門形式で、県内では他にない形をしています。明治天皇が御幸坑に入坑された9月21日の「鉱山記念日」には、毎年金山神社例大祭が行われています。

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